アイヌ創作民話
カスンデとセツカウシ
豊村 一矢
むかしむかし、アイヌモシリでのこと。
ある湖のほとりに、二人の若者がすんでおった。
一人はカスンデといった。カスンデは、よいアイヌであった。
もう一人は、セツカウシといった。セツカウシは、悪いアイヌであった。
1
夏のある日。
カスンデは、シカをしとめるために山に入った。
「しばらくシカの肉を食っていない。父と母にも食わせてやりたいものだ……」
いくつもの沢をわたり山おく深く入ったが、シカのかげもかたちみつからない。
夕ぐれがせまっていた。
カスンデがあきらめかけたとき、森のむこうに小さな沼が見えた。
「これは、ありがたい」
冷たい水をのもうと沼のみなも(水面)にふれた。
と、みなもに輪ができて、どんどんひろがっていく。みとれていると輪はしずかにむこう岸までひろがっていく。
「おお!」
シカが、むこう岸で水をのんでいるではないか。カスンデは、沼の神様に感謝した。
カスンデの矢は、一げきでシカの心臓をいぬいた。
カスンデは、力のつよい若者であったが、一人でシカをかついで沢をわたり、コタンにもどるには重すぎる。自分と父と母が食う肉と、皮をもっていくことにした。
シカの皮にもち帰る肉をくるんで、残りは地面におくものとカシワの枝にかけるものとにわけた。
「カシワの肉はフクロウが食うだろう。フクロウは地べたにはおりられぬ。地べたの肉はキツネが食うだろう。キツネは木にはのぼれぬ」
「おっと、これはゆだんした」
カスンデが、シカ肉をかついで、空を見上げると、すでに星がかがやいていた。
「くらやみで山は歩けぬ。動かぬほうがいい」
カスンデは、のじゅくをきめ、沼のほとりで横になった。
沼のみなもに目をおとすと、たくさんの星がまたたいている。
「おれがもどらないので、父母は心配しているだろうな」
カスンデは、みなもの星のまたたくのを見て、父母のことを思った。
と、そのとき、星がかがやきをましてみなもから浮き上がった。なんと、たくさんの星がホタルになった。
ホタルの群れは、人のかたちになって、くらやみの森をてらしているではないか。
カスンデは、ホタルの群れにみちびかれて、その夜のうちにコタンに帰ることができた。
2
やはり、夏のあつい日。
セツカウシは、シカをしとめるために山に入った。
「シカの肉や皮は、シャモがほしがる。シカをしとめて、シャモからたくさん宝物をもらうのだ……」
いくつもの沢をわたり山おく深く入ったが、シカのかげもかたちもみつからない。
夕ぐれがせまっていた。
セツカウシがあきらめかけたとき、森のむこうに小さな沼が見えた。
「シカが水をのみにきているかもしれぬ」
シカのすがたを求めて、沼に近づいた。
「三頭もいるではないか」
セツカウシは、ニヤリと笑うと、弓に三本の矢をつがえた。そうして、三本の矢を同時にはなった。三本の矢は、それぞれにシカをいぬいた。
「さて、一度にみっつははこべぬ。めんどうだが、ひとつずつだな」
セツカウシは、まず、二頭のシカを近くの岩穴に入れ、大きな石でふたをしてかくした。
「おれが、ひとつはこんでいるすきに、キツネめに食われてはならぬ」
「おっと、気がつかなかった」
セツカウシがはじめの一頭をかついで動き出そうとしたとき、もう、あたりはすっかりくらくなっていた。
「月のあかりもある。今夜中に、三つともコタンまではこべるだろうさ」
セツカウシはシカをかついで歩き出した。
だが、足元がくらい。ふらついて、沼に片足がぬかってしまた。
星空をうつしていたみなもがゆれた。
星がさわぎだし、強い光をはなってみなもから浮き上がった。そして、ホタルのむれになった。
ホタルの群れは人のかたちとなり、セツカウシの行く手をてらした。
「これは、ありがたい」
セツカウシは、シカの重さも苦にならなくなって、あかりがみちびくままに、山の中を歩いた。
沢をいくつわたり、山をいくつこえただろう。
「まだかな」
そう思ったとき、前のホタルの群れが、すうっと地からはなれたように見えた。
セツカウシは何がおきたかわからぬままに、山のがけっぷちをシカもろとも落下していった。
セツカウシは、途中、カシワの枝がつきささり、声も出さずに死んだ。それをフクロウが食った。
がけ下まで落ちたシカは、キツネが食った。
セツカウシが岩穴にかくしたシカは、どうなったかって?
沼の神が、生きかえらせて山にかえしたよ。
おしまい。